いとうせいこうと申します。

 

 この七年ほど、ヨーロッパ、アフリカ、中東などで『国境なき医師団』の活動を取材し、難民及びそれに準じる立場の方々の話をつぶさに聞いてまいりました。

 

 まずひとつ言えることは、もちろん彼らは自ら国を出たかったわけではない。出ざるを得ない状況に突然見舞われて、想像を超える苦難の中で命を安らげる場所を必死に探しているのです。

 

 そしてもうひとつ重要なのは、私たち日本に住む者も残らず彼らと同じ境遇になる可能性を持っているということです。原因は大変な異常気象かもしれない。あるいは広範囲に及ぶ巨大地震がやまないとか、原子力事故による放射能被害に襲われて体ひとつでなるべく遠くへ逃げ延びねばならないとか、他国との摩擦がいきなり暴力に発展する、あるいは代々の生活の中でごく穏便に保っていた習慣が突如間違った宗教として国中から追い回されるといった事態は、決して夢まぼろしではありません。その時、私たちは国外に逃れる以外なくなるかもしれない。

 

 したがって今回のような『入管法改正』、私は改悪だと思いますが、それは人類社会に普遍であるべき人間の権利を毀損するばかりか、私たち日本に住む者の安全保障までをひどく脅かすものだと思います。

 

 私たち自身が「国を出ざるを得ない状況に見舞われて、想像を超える苦難の中で命を安らげる場所を必死に探す」かもしれない時、私たちは周囲の国に助けを求めるでしょう。そうであるならもちろん、私たちには追い返されない権利が必要なのです。その大切な権利への要求を、今回改正される『入管法』はこれまで以上に自ら放棄するものです。なぜなら他国の人々に対して、「私たちは追い返す」と言うのだから。

 

 私たちは現在途方もない苦難の下にいる方々に手を差し伸べるために、そして同時に明日の自分たちを救うために、よりよい『入管法』があることを願います。

 

  いとうせいこう(作家・クリエーター)